和室のすすめ その4 私の家で実践した和室8帖+縁側

秀吉の金の茶室

秀吉の黄金の茶室

戦国の時代には古田織部(1543~1615年)や千利休(1522~1591年)や武野紹鷗(1502~1555年)といった茶人がいて、小さな茶室に恐らく今のお金にして1億円とか2億円位のお金を掛けて構想から完成まで2年から3年をかけたであろう書院造りの和室や茶室もありました。
もちろんそれらは大名や豪族といった権力もお金もあったであろう人達のものでしたから特別なものではありましたが、少なくとも一般庶民にも和室に対するこだわりや美意識は現代人よりはるかにあったと思うのです。
日光小西邸(南庭の片隅よりみる)
そういう事を考えると、私達人間は何百年の時を経て何を学んできたのでしょう。
何が文化的で何が進化して結局私達は豊かになったのでしょうか。
便利になったとか、夏は涼しく冬は暖かくなっただけで逆に生きる知恵や外圧やストレスに耐えられるような生命力はどんどん失われていったのではないでしょうか。
私達はこの和室に限らず、何百年何千年の時を経て何を失い何を得たのか、そして一番大切なのは人間としてどれだけ幸福になったのかという事を真剣に考えた方が良い時期に来ているのではないでしょうか。

玄関から和室を見る

自宅玄関から和室を見る


和室縁側

和室縁側

今住んでいる私の自宅は約30年前に作りましたが、雨風が強いという立地条件の中で構造は重量鉄骨造にしましたので木造住宅ではありませんが、1階玄関のメインのところに入ると正面に純和室の8帖を作りました。
この和室は本格的な真壁構造で床の間に吊り構造の仏壇入れがあり、水屋の付いた地袋と天袋の材料には屋久杉を使いました。
屋久杉は天然記念物ですから台風や老化して倒れた木しか使えない貴重な木材です。
柱や鴨居や敷居には桧を使い、床柱に桧の錆び丸太、落とし掛けは細めの杉磨き丸太を使って丸みのある木材どうしを直角に交差させました。
床框は漆塗りの呂塗りの面取り框とし、床の間の地板として60センチ角の規格品の御影石を敷いて5センチ程空けてその隙間に家の前の多摩川で拾ってきた砂利を敷きました。
壁は本寿楽塗で仕上げ、天井は杉板の縁甲板を貼りました。
庭を借景とする為に雪見障子を入れました。そして、和紙を貼った襖に藁床のタタミ、そして和モダンな縁側をつけて本格的な和室としました。
そして縁側の屋根はガラスのトップライトとして、壁は竹とガラスモザイクタイルとを交互に貼って和モダンな空案にしました。そして床は杉板を貼り、周囲は約5センチ程空けて、そこに多摩川の砂利を敷きました。
その和室は基本的には客室として作りましたので、日常的には使う事は余りありませんが、正月とか特別な日には使用しています。
そして何といっても毎日出掛ける時、帰った時にその和室の前を通りますから、ほぼ毎日その和室を目にする事になります。そうすると何か精神的に特別な感覚を啓示されるような気がするのです。
和室には実際使う以外のそのような精神的な良い影響もあるようです。
屋久杉を使った書院風水屋 和室から見た同じ建具。銀振り和紙貼。 house_040-1s_20200118180207486.jpg
屋久杉を使った書院風水屋 和室から見た建具。銀振り和紙貼 和室

一級建築士  蓑田 常弘


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プロフィール

蓑田 常弘

Author:蓑田 常弘

一級建築士 蓑田常弘

株式会社ミノダ建築デザイン 代表
LIXILリフォームショップライファ立川代表
株式会社スインクハート 代表


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建築一筋だが、建築馬鹿ではない。

いつ仕事をしているか分らないが、しっかり納期には間に合っている。

自分の好きな建物の仕事で生計を立てられている自分はとても幸せ者だと思う。

1日おきの2kmの水泳はこれからずっと続けたいと思っている。
(楽しみというより修行のような)

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