建築家の言葉 その① フランク・ロイド・ライトより

中世の石工

中世の石工

「建築家」(けんちくか, (architect) )は、一般に建築における建物の設計や工事の監理などを職業とする専門家のことである。
中世では建築設計の設計は石工や大工のような職人によって行われ、建築家と建築エンジニアの間は明確な区別はなかったようです。又、ヨーロッパや南北アメリカでも国によって資格制度はまちまちであり、一般的に建築家と言っても国によって与えるイメージは様々だと思われます。
大工棟梁 設計家 辰野 金吾 設計家トーマス・ウォートルス 設計家ジョサイア・コンドル
大工棟梁 設計家 辰野 金吾 設計家トーマス・ウォートルス 設計家ジョサイア・コンドル
日本では伝統的に設計と施工を兼ねる大工棟梁というのがいて、architectの概念は明治政府は外国人の設計家トーマス・ウォートルスや、ジョサイア・コンドルらを雇って建築しました。当時の日本は建築家というと外国の設計家という意味だったのでしょう。そしてその後、旧官立大学を中心に西洋の建築学が導入されました。東京駅旧舎の設計(八重洲口で保存されている)で知られる辰野 金吾 (1854年~ 1919年)は、工部大学校(のちの帝国大学工科大学、現在の東京大学工学部)の一期生です。
ですから日本における建築家というものに対する認識は、一般の人には余り馴染みはないのかも知れません。恐らく今でも一般の人の認識は、むしろ建築する前に建築許可証を取る人、あるいはドラフトマン(図面書き)といったイメージで決して高貴なイメージは近年に到るまでありませんでした。

現在の建築家の役割は、クライアントから依頼を受け、そのクライアントの要件を満たす為の設計やコンセプトを作製して、基本設計から実施設計に移行し、工事業者の選定が完了したら施工管理を行い設計図通りに建物が造られているかどうかを検査、監理し、最終的に検査済証の発行までを行います。その間、構造計算や設備設計の専門家との打合せを行い、その他機械や電気、空調、インテリア、エクステリア等のスペシャリストとの協力、調整を行います。
ですから、一概に建築家と言っても、その全体のリーダーであるのか、あるいはその一部だけを担当するかによって役割や能力は全く違ってきますが、一般的にはそのいずれも一級建築士や二級建築士という資格がある者が日常の業務に携わっていますので、その設計士がどれくらいの能力があるのかを知ることは、クライアントにとっては非常に難しい事です。

インターナショナル・スタイル(モダニズム)建築例

インターナショナル・スタイル
(モダニズム)建築例

20世紀、建築の中心となったデザインを外国では「インターナショナル・スタイル(国際様式)」日本では「モダニズム」と呼んでいますが、近代建築の巨匠と言えばフランク・ロイド・ライト(1867~1959年92歳)、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(1886~1969年73歳)、ル・コルビュジエ(1887~ 1965年78歳)という3大巨匠がいます。ヴァルター・グロピウス(1883~1969年86歳)、を加えて4大巨匠という呼び方もあります。
フランク・ロイド・ライト ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ ル・コルビュジエ
フランク・ロイド・ライト ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ ル・コルビュジエ
バウハウス 初代校のグロピウス 音楽業界で一大旋風となったザ・ビートルズ
バウハウス 初代校のグロピウス 音楽業界で一大旋風となったザ・ビートルズ
このモダニズムを生み出したのが、1919年ドイツに開校した生徒数100人位の小さな美術学校「バウハウス」です。その初代校長がグロピウスであり、最後の3代校長ミース・ファン・デル・ローエでナチスに追われました。
そのクライアントの奥さんと駆け落ちしたとか、ル・コルビュジエは日課であった海での遊泳で帰らぬ人となったとか、伝説的というか人間的な生涯を過ごした事で有名です。そして彼らの弟子が日本人にも複数いて、日本の様々な建築に日本人や日本人の弟子たちが携わっています。それらの3大巨匠は建築を志す者達にとっては音楽におけるザ・ビートルズのようなというかそれ以上の存在ですから、自分達の作風をある部分は必ずそれらの巨匠達の影響を受けたという位の存在です。
それらの近代建築の建築家の言葉をいくつか抜粋してみたいと思います。
まずは最初のは、フランク・ロイド・ライトの言葉です。

外を歩くたびに、私は常に驚かされ、新しい事を発見します。
散歩は毎日しなさい。
つぶさに観察し、何事も見逃さないように。足下の小さなものに目を向けること。
自然という教科書があるのです。あるページには、成長の成果、豊かさ、ゆとりが記されています。
自然には、建築家に確信や力を与えてくれる、素晴らしく単純で基本的な形態があるのです。

建築家は、語り上手、書き上手でなければいけない。というのは、建築家にとって、書くことで自分の考えや感情を表現するのは、大切な事だからだ。言っていれば、建築家は、思想を表現する広告家のようなものなのだからね。

あなたが本当にそうだと信じることは常に起こります。
そして信念がそれを起こさせるのです。

今生きることへの信頼を回復する他一体何があるというのでしょうか。
価値観は混乱しています。そのような状況は今、世界的規模で広まっています。
差し迫った危機や喪失の予感からくる不安定でヒステリックな殺伐とした感覚です。今、物質的なものが精神的なものへと一緒くたになっています。道標をなくし生きることは尊いものでは無くなっているのです。

フランク・ロイド・ライトはアメリカ大陸でたくさんの作品を残していますが、日本でも1913年、旧帝国ホテル新規設計の為来日しましたが、大幅な予算オーバーと工期の遅れに起因する経営陣との衝突から、このホテルの完成を見ることなく離日を余儀なくされました。浮世絵の収集で知られていることから、日本文化から少なからず影響を受けていると思われます。
又、私生活では6人の子供が居たにも関わらず、1909年42歳の時、施主の妻と不倫関係になり、ニューヨーク、ヨーロッパに駆け落ちして約2年後に戻ってきたアトリエで、使用人によって不倫相手とその子供2人と弟子たち計7人が斧で惨殺されるという凄惨な事件が起こりました。
プレイリースタイル(平原様式)という作品で数多くの作品を作り上げ、住宅以外でもユニティー教会、ビルトモアホテル、ジョンソンワックス社、グッゲンハイム美術館、マリン郡役所等の建築の作品を残しました。
フランク・ロイド・ライトの作品
ソロモン・R・グッゲンハイム美術館 ス・ショーロム・シナゴーグ マリン郡庁舎
ソロモン・R・グッゲンハイム美術館 ス・ショーロム・シナゴーグ マリン郡役所
落水荘 ジョンソン・ワックス本社
落水荘 ジョンソン・ワックス本社



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プロフィール

蓑田 常弘

Author:蓑田 常弘

一級建築士 蓑田常弘

株式会社ミノダ建築デザイン 代表
LIXILリフォームショップライファ立川代表
株式会社スインクハート 代表


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建築一筋だが、建築馬鹿ではない。

いつ仕事をしているか分らないが、しっかり納期には間に合っている。

自分の好きな建物の仕事で生計を立てられている自分はとても幸せ者だと思う。

1日おきの2kmの水泳はこれからずっと続けたいと思っている。
(楽しみというより修行のような)

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