ニュース拾い読み ギャル絶滅  その2 街を散策する魅力

立川ルミネセシルマクビー

ルミネ立川店 セシルマクビーは、エスカレーター前の
比較的目立つ場所にありギャル系の店と思っていた。

東京渋谷で一世を風靡してきたSIBUYA109で、かつては長い期間109の代名詞でもあったブランドでした。私も「セシルマクビー」という名前は、どちらかというとコギャル系の若い女性向けのファッションブランドだ、くらいに知っていました。
何故なら、私はおじさんにしては、人一倍ファッションのことには興味があって、休みの日は大体都心の繁華街に出掛けてあちこちのお店を廻ったり、平日には立川の駅ビルかデパートにしょっちゅう出かけています。週に4~5回位は、ルミネの駐車場に車を停めてから近くの様々な店舗を廻っていることが多いのです。何かを買いたいと思っていることは少なくて、ただ色々と街の様子や人の流れ等をウオッチしているだけなのですが、そのルミネの何階か解りませんが「ギャル系の店」だなという感じで、それがセシルマクビーだったのは知っていました。
ルミネ立川店のセシルマクビーが何年位ここにいるかは解りませんが、かなり前からありますから少なくとも10年以上は出店しているではないかと思います。

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日本の住宅の歴史 その3- 寝殿造りから書院造りへ

ああああああ書院造り

書院造り

書院造りは、日本の室町時代から近代初頭にかけて成立した自宅の様式で、寝殿を中心とした寝殿造りに対して書院を建物の中心にした武家住宅の形式の事で、書院とは書斎を兼ねた居間の中国風の呼称であり、その後の和風住宅は書院造りの強い影響を受け、武家造りと言われたように中世以降の武士の住居が発達する中で生まれました。

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日本の住宅の歴史 その2 封建時代から江戸時代

江戸時代

封建時代(いわゆる鎌倉時代から明治維新までの武家支配時代)には、君主の下に居る諸侯達が土地を領有して、その土地の人民を統括する社会政治制度でした。又、領有統治権や臣従義務は世襲されていました。
1603年~1068年と265年も長期に続く江戸時代、士農工商という身分制度もあり、人間が明確に差別化されていました。

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和室のすすめ その4 私の家で実践した和室8帖+縁側

秀吉の金の茶室

秀吉の黄金の茶室

戦国の時代には古田織部(1543~1615年)や千利休(1522~1591年)や武野紹鷗(1502~1555年)といった茶人がいて、小さな茶室に恐らく今のお金にして1億円とか2億円位のお金を掛けて構想から完成まで2年から3年をかけたであろう書院造りの和室や茶室もありました。
もちろんそれらは大名や豪族といった権力もお金もあったであろう人達のものでしたから特別なものではありましたが、少なくとも一般庶民にも和室に対するこだわりや美意識は現代人よりはるかにあったと思うのです。

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和室のすすめ その3 先人の教えを学び少しでも実践する

吉田五十八設計の数奇屋造りの建物

吉田五十八設計の数奇屋造りの建物

私は修行時代にはたくさんの設計事務所で仕事をしたり勉強させる時間を頂きましたが、その中のひとつに、吉田五十八先生(1894~1974年)の仕事を何件かさせて頂いた事がありました。
当時、吉田先生は旧歌舞伎座や成田山新勝寺や数々の数寄屋建築を手掛けられており、もうほとんど高齢で最期の頃で事務所のスタッフが対応されていましたが、その時に数寄屋建築のディディールがやたら複雑で、そこから和風建築の真髄の一部を学ばせて頂きました。
その事は、私自身が今でも1軒の住居の中に一つでも和室を作っておいた方が良いと思い、それを実践していける基礎となっています。

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和室のすすめ その2 和室の復権を望む

吉田五十八設計 猪股邸

吉田五十八設計 猪股邸和室

あらゆる業界の現在の私達は、AIの発達によって何でもすぐに情報が手に入るようになった事も巡り廻って皮肉な事に和室が少なくなった原因のひとつかも知れません。
施主も作り手もネットでちょっと調べただけで、上っ面の情報はいくらでも出て来きますし、結果としてどうしても安いものを求めていくということになっています。つまり、安かろう悪かろうでも良いという風潮になっているのです。

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和室のすすめ その1 和室が少なくなった原因は何か

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日本の家には、近年和室を作るという事が少なくなりました。
まだ高度成長時代には全部が和室の家とか、1軒の住宅の内約半分は和室という家もたくさんありました。そしてそれが徐々に変わって、洋室という訳の解らない室名を付けてただのビニールクロスを貼っただけの四角い箱のような部屋ばかりの家になりました。

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日本の住宅の歴史 その1

住宅の歴史

住宅の歴史

日本の住宅の歴史を原始時代や古代から見るのか近代から見るのかによって大分違ってきますが、原始時代(旧石器時代)は、縄文時代、弥生時代には住居等というものは存在せず、色々な場所を奔放として生活していました。

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ニュース拾い読み 「ギャルは絶滅」渋谷109(1979年オープン)セシルマクビーが下した決断

セシルマクビー

ギャルファッションの代表 セシルマクビー

「セクシーカジュアル」の代名詞として、渋谷のギャルや日本全国のギャルを魅了してきたブランドが今どういう状況にあるのかはセシルマクビーの店舗内に一度も入ったことのない私にもとても興味のあるところです。 セシルマクビーを運営するジャパンイマジネーションは、創業72年とありますが、前身となる会社の創業は戦後間もない1946年、焼け跡が残る新宿の婦人服店で元々は「山の手のお嬢様系ファッション」だったらしく「セシルマクビー」のブランド登録は1987年といいますから、32年間この業界を引っ張ってきた訳です。その山の手のお嬢様系ファッションから路線が変わったのは1996年に渋谷109が「渋谷に集まる女子高校生」をターゲットに館内をリニューアルした時からだと言います。その勢いは、2013年まで続きましたが次第に業績が落ちてきました。2019年10月アメリカのファストファッション「フォーエバー21」が日本から撤退したというニュースもあり、勝ち組と言われた「ファッションセンターしまむら」の業績も低迷しています。

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冬の風物詩 その2 炬燵(こたつ)と囲炉裏(いろり)

冬の風物詩

冬の風物詩

私が子供の頃には自宅や親戚の家には必ず炬燵(こたつ)がありました。そして農家や少し田舎に行くと囲炉裏がある家もけっこうありました。
今では、こたつというと電気こたつの事ですが、アマゾンのネット販売ややニトリ等、どこでも気軽に買えるようになっていますが、冬の風物詩というよりも単なる和室等の座敷での暖房器です。

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冬の風物詩 その1-2 御節(おせち)料理とお雑煮(おぞうに)

お雑煮マップ

お雑煮マップ

ネットでは、親切にお雑煮図鑑とかお雑煮マップというものがあり、全国のお雑煮のレシピが紹介されていて、見てみると地方によってお雑煮の種類がこんなにもあるのかと驚かされます。

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冬の風物詩 その1-1 御節(おせち)料理とお雑煮(おぞうに)

おせち料理(関東風)

おせち料理(関東風)

今では正月といっても、自分でおせち料理を作る家庭はどんどん無くなってきて、事前に料理屋さん等に大晦日に届けてもらうようにするか年末にスーパーやデパートで出来上がった様々なおせち食材を購入してくるだけという世の中になりました。そんな日本の家も最近、お雑煮は自前で作る場合が多いようです。
おせち料理を食べる風習は地方によって山や畑や海の様々な食材が使われ、今では正月の1月1日の朝に食べていますが、元来は大晦日(おおみそか)から元旦にかけての年越しにおいて食べていたらしく、北海道や東北等の一部の地方では歳越えの儀として大晦日に食べる風習が残っているといいます。

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「茶室」のアイディアや工夫から学ぶ

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日本の住まいがどんどん効率化や省エネや合理性を追求していった結果、画一的で人間が住むための単なる箱の様なものになっていったのは、果たして良かったのかどうかを常に疑問に感じています。それは住宅に限らず、あらゆるものがそのように効率化や便利さを追求していって、そんな商品がどんどん街にあふれてきています。世界中の国がそうですが、時代の流れとして建築も工期の短縮や経済コストの追求という事が命題のようになってきています。
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それらの理由として、消費者の要望の高まりだからという言い方がありますが、それは一部は当たっていてもほとんどは作る側の論理の様な気がします。

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2020年 年頭挨拶

昭和から令和へ

昭和から令和へ

日本は、第二次世界大戦の敗退によって焼け野原になりました。
そして戦後75年、昭和、平成、令和となり一時期は世界第二位の経済大国そして一流の国家になったと錯覚したのもつかの間、今では「日本らしさ」も「国の財産」も何もかもを失い、第二の焼け野原になったような気がします。
しかしながら、そのような現実を誰かのせいにするより、そんな廃墟の様な世界から自分の立場や仕事を通じて一輪の花を咲かせるような小さな努力の積み重ねをして行かなければならないのではないかと思っています。
私は自分の仕事である建築と不動産という世界で、未来につながるような種を撒き、水や栄養を与えて小さな花を咲かせていけたらと思っています。

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プロフィール

蓑田 常弘

Author:蓑田 常弘

一級建築士 蓑田常弘

株式会社ミノダ建築デザイン 代表
LIXILリフォームショップライファ立川代表
株式会社スインクハート 代表


→ 会社ホームページ

建築一筋だが、建築馬鹿ではない。

いつ仕事をしているか分らないが、しっかり納期には間に合っている。

自分の好きな建物の仕事で生計を立てられている自分はとても幸せ者だと思う。

1日おきの2kmの水泳はこれからずっと続けたいと思っている。
(楽しみというより修行のような)

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